SOUTHERN BLOOD

実は8月末にストリーミングが解禁になったので、一日に４～５回は聴いていました。聴けば聴くほど、何と偉大なミュージシャンを失ったのかと慟哭してしまいます。オールマン・ブラザーズ・バンドは、グレートフル・デッドなどと並んで、日米の人気の落差が大きいバンドでした。また、オールマン、グレッグ共に、精力的にツアーを行い、名盤と呼ばれるライブ盤もがたくさん発売されています。若い頃はブルース・スプリングスティーンと聴き間違えることがあるほど、だみ声のシャウトもありましたが、ここではかつて「ウィッピング・ポスト」で聴かせてくれたようなダイナミックなシャウトはなく、ウィリー・ネルソンの歌声にも似た、心地よく枯れた声で歌っています。小説に「私小説」というジャンルがあります。たとえばエリック・クラプトンの「レイラ」は「私小説」であり、テーマは身を焦がす愛です。このアルバムはグレッグの「私小説」で、テーマは「生と死」です。未発表曲、既発表曲をとり混ぜた、ファンへ、仲間へ、音楽関係者へ、家族へ、すべての人への置き手紙のような作品です。自分の死期を悟った人間が、こんなにも冷静に「遺書」あるいは「置き手紙」を残せるのは驚きであり、尊敬に値します。グレッグの69年の人生は「喪失」の連続でした。2歳にもならない頃、軍人だった父親が拾ってあげたヒッチハイカーに殺害されます。デュアンとグレッグを学校に通わせるお金に事欠いた母親は、学費が無料、あるいはきわめて安い全寮制のミリタリー・スクールに入れます。グレッグは自伝[My Cross To Bear（背負うべき十字架）]でこの時期の体験を「母親から見放されたと思い」ひどいトラウマになった書いています。そして、バンドが軌道にのってきた最中に兄を失い、続いてベリー・オークリーも失います。しかし、最大の「喪失」は司法取引に応じて友人を有罪にする証言をした事件です。ここでグレッグは友情も信頼も音楽仲間も、すべて、人生のすべてを失ってしまいます。デイトナ・ビーチで母親と暮らしながら、少しずつ自分を見つめ直し、ソロ・キャリアを復活させ、失った仲間との邂逅も果たします。神は試練を与えるのと同じだけ幸運をも与えます。再結成したオールマン・ブラザーズ・バンドはウォーレン・ヘインズや、やがて大人になったデレク・トラックスなどすばらしいギタリストたちを迎え入れ、第Ⅱ期の黄金期が始まります。2009年には結成40年の記念コンサートをほぼ1カ月にわたり、1989年から定期的にコンサートを行っていたビーコン・シアターで、多くのスペシャル・ゲストを迎えて盛大に行います。この時期の活発なライブは動画チャンネルに数多くアップされています。1曲がジャム・セッションで長くなるので、3時間を超える長尺のコンサートばかりです。このアルバムはタイトル通り「南部の血」を濃く、強く持ったグレッグの最後のスワン・ソングです。自分はこの世界にはもういないけれど、きみたちはずっとすばらしい歌を聴き、感動し、涙し、強く生きておくれ、これが僕ができる最後の贈り物だ、そんな意味が込められています。ブルースとカントリーのみごとなミックス、年齢的なものか病のためなのか、先にも書いたようなシャウトはあまりありませんが[I Love The Life I Live]という象徴的なタイトルのウィリー・ディクソンのねばっこい深みのあるブルースを歌いあげています。しっかりと「おなか」から声がでています。グレッグは7度、結婚し、婚外子も含めて子供がたくさんいます。アップテンポの[Love Like Kerosene]で歌っているような、心も体も焼かれるような激しい恋も何度もあったことでしょうし、自殺した恋人もいます。これほどまでにドラマチックな人生を歩み、酒とドラッグからついぞ逃げることができず、最後にはタトゥーに使用された不衛生な針から感染したと思われる肝炎で命を落とします。しかしその３カ月前まで、ツアーの日程が組まれていたのです。このアルバムではありませんが[No Stranger To The Dark]に収録されているライブ・ヴァージョン「メリッサ」で世にも美しいギターを弾いていたダン・トーラーも2013年に逝去します。また、デビュー時からのドラマーのブッチ・トラックスを1月に自殺というショッキングな結末で失います。余人をもっても代えがたい声と南部の血の持ち主、グレッグ・オールマンの「置き手紙」は客観的にリスナーとして鑑賞するたぐいのアルバムではありません。聴く人の魂をゆさぶり、ひとりの男の人生に思いをはせ、喪失をパワーにかえて半世紀にわたって歌い、数多くの名曲を作曲したミュージシャンに対する敬意が生まれます。最後はゆったりとした文字通りのレイド・バックな人生をおくったことを願わずにはいられません。そのようなメランコリックなことは別にしても、こぶしのきいたグレッグ節がこれで最後になるのかと思うとさみしい限りですが、生涯でソロ、およびオールマン・ブラザーズ・バンドとして100枚近いアルバムを残しているので、生き残った私たちはゆっくりと50年の歴史を聴き続けることができます。最後にジャクソン・ブラウンと、インドで亡くなった友人に捧げる歌を入れています。歌詞ではそれは自殺であったことがほのめかされています。「生」と「死」をこれほどまでに近くで見つめていたミュージシャンはいないでしょう。さようなら、グレッグ・オールマン、すばらしい声とインスピレーションの持ち主でした。何よりもロックを、ブルースを、歌うことをこよなく愛した南部の素朴な男であり続けました。追記My Only True Friend　（オリジナル）Once I was　（ティム・バックリィ）Going Going Gone　（ボブ・ディラン）Black Muddy River　（グレートフル・デッド）I Love the Life I Live　（ウィリー・ディクソン）Willin　（ローウェル・ジョージ/リトルフィート）Blind Bats And Swamp Rats　（ジョニー・ジェンキンス）Out Of Left Field 　 (ダン・ペン＆スプーナー・オールダム/パーシー・スレッジ）Love Like Kerosene　（スコット・シャラード）Song For Adam　(ジャクソン・ブラウン）